名勝和歌の浦 玉津島保存会

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カテゴリ:名勝和歌の浦( 218 )

名勝和歌の浦

神亀元年(724)、聖武天皇は、和歌の浦の景観に深く感動し、弱浜を明光浦と改め、春秋2回、官人を遣わし玉津島の神、明光浦の霊を祀った。同行した山部赤人は、「若の浦に 潮満ちくれば 潟を無み  芦辺をさして 鶴鳴き渡る」と詠む。この短歌に端を発し、和歌の浦は都に住む歴代天皇や貴族にとって憧れの海の景勝地となり、和歌の歌枕として広く知られるようになった。さらに平安時代からは、伽羅岩と呼ぶ岩肌が木理のような岩と松の緑に彩られた奠供山・鏡山・妹背山など6つの島嶼から成る玉津島の形姿は、伸びつつあった片男波の砂嘴や干潟と共に多くの人々を惹きつけた。

文章は、和歌山県文化遺産活用活性化委員会作成の小冊子、文化財マップより引用。




妹背山、鏡山、奠供山、雲蓋山、妙見山、船頭山の六つの島です。御手洗池は、和歌の浦干潟が天満宮の下まで入り込み、その痕跡の池です。現在は、妹背山だけが島です。
和歌山市博物館 『和歌浦』より

和歌の浦干潟を見守る山部赤人歌碑。昭和28年建立です。


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by tamatusima | 2018-01-31 00:01 | 名勝和歌の浦

名勝和歌の浦

近世には、和歌山城主となった浅野氏や徳川氏により和歌の浦は、聖地・名所として保護・整備された。紀州藩初代藩主徳川頼宣(1602~1671)は、父家康の慰霊のために東照宮を建立し、母養珠院を祀るため、妹背山多宝塔を整備した。また、江戸時代後期には、10代藩主治宝の命により、新たに造られた東照宮の御旅所へと延びる御成道に沿って、石造アーチ橋の意匠・構造を持つ石橋が架けられ、不老橋と名付けられた。また玉津島神社の北側、奠供山へ登る階段の整備を行い、山頂に拝殿を造り、春・秋の「望祀の礼」(牲(生け贄)・粢(しとぎ)を供し、山川を遠望して祭る祭り)が行われたとされる。またこの拝殿は、観海閣と同一規模とされる。

古写真は県立文書館溝端主任提供。文章は、和歌山県文化遺産活用活性化委員会作成の小冊子、文化財マップより引用。

和歌祭り

妹背山と三断橋
不老橋

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by tamatusima | 2018-01-30 00:01 | 名勝和歌の浦

古写真 名勝和歌の浦

天下の名勝和歌の浦。聖武天皇が行幸し、その景観を守れとの詔を発した玉津島。同行した山部赤人が和歌を詠み、和歌三神を祀ることになった玉津島。万葉歌が豊富に残る和歌の浦です。

尊供山です。昇降機明光台が見えます。市町川の幅が今より大きく、人力車が見えます。明治43~44年頃。

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by tamatusima | 2018-01-25 00:01 | 名勝和歌の浦

古写真 名勝和歌の浦

 天下の名勝和歌の浦。藤本清二郎和歌山大学教授監修の『和歌の浦百景』で見ていきます。東方出版 1993年11月30日


頼宣公が母お万の方を祀った妹背山です。石畳が伽羅岩の際まで奇麗に見えます。現在は土砂が落ちてきているのでしょう。明治40年頃。

妹背山の風景。大正時代。紀三井寺に行くには、渡船しかない時代。木造の観海閣、妹背山の石垣、多宝塔、松林が見えます。紀州藩初代藩主頼宣公の美意識が、設計者に投影し、和歌の浦干潟を見る、見られることを意識した絶妙な配置です。

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by tamatusima | 2018-01-24 09:25 | 名勝和歌の浦

市町川県道

玉津島神社と東照宮、天満宮を結ぶ市町川県道。風光明媚な和歌の浦の県道らしく、整えられています。



平成26年。まだ船が置かれています。


明治40年頃の奠供山と望海楼。山上にはある石碑は、望海楼遺趾。青石で積み上げられた市町川護岸です。藤本清二郎『和歌の浦百景』より。


明治40年頃。望海楼前。現在の須佐病院敷地でしょう。すぐそばには浮浪橋があります。美しい女性を人力車に乗せています。道は綺麗です。藤本清二郎『和歌の浦百景』より。浴衣を着た人が見送りしています。夏です。



明治40年頃。雪が積もった奠供山からみた風景です。市町川に架かる橋は、人見橋です。明治から大正、昭和にかけて、不老橋から御手洗池まで、満潮になれば、きれいな水なので泳いだとの事です。今は、ヘドロは除かれ、水質も良くなっています。藤本清二郎『和歌の浦百景』より。




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by tamatusima | 2018-01-17 00:01 | 名勝和歌の浦

奠供山



紀州藩の学者、仁井田好古により、聖武天皇が和歌の浦干潟を見た場所と価値づけられた奠供山です。写真は、明治43、44年の奠供山(藤本清二郎『和歌の浦百景』より)です。市町川を挟んで、昇降機が見えます。奠供山は、江戸時代は紀州藩により、明治期からは和歌山県により和歌公園として守られ、現状を一切変えることなく、現在まできています。名勝和歌の浦の骨格となる妹背山、奠供山、鏡山などは、和歌山県により、守られています。






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by tamatusima | 2018-01-14 00:01 | 名勝和歌の浦

伽羅岩

鏡山は塩竈神社の背後の山で、その岩肌は荒れた木理のようで、伽羅岩と呼ばれます。
 江戸時代の貝原益軒は『諸州めぐり』で「和歌の浦の石は皆木理有りて甚だ美也。他州にては未だ見ざる所なり」と感嘆しています。塩竃神社に向かって右側の岩の上には、干潟を望むかのように山部赤人の歌碑 「若の浦に 潮満ち来れば 潟を無み 葦辺をさして 鶴鳴き渡る」が建っています。


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by tamatusima | 2018-01-12 00:01 | 名勝和歌の浦

聖地 名勝和歌の浦 聖武天皇の玉津島行幸 

平安時代まで紀ノ川は、和歌の浦を河口部として流れていました。絵図などにより、歴史上、和歌の浦の範囲は和歌川河口部一帯を指し、北側は高松、東は名草山、南は片男波の砂嘴(さし)、西は雑賀崎までを含むと考えられます。
和歌の浦とはどのような場所、土地なのでしょうか。奈良時代以前、紀ノ川河口部に位置した和歌の浦は、紀伊国の宗教上・経済上・交通上、したがって政治上の最重要地点として存在しました。奈良時代、神亀元年(724)、若き23才の聖武天皇は、玉津島に遊覧し、詔を出す。同行した宮廷歌人山部赤人は、玉津島賛歌を詠む。「若の浦に 潮満ち来れば 潟をなみ 芦辺をさして 鶴鳴き渡る」。聖武天皇や赤人は、河口部に展開する玉津島山の景観を前にして、「玉津島の神・明光浦の霊」をみ、「神代より 然そ貴き 玉津島山」と詠み、玉津島の神代以来の貴さに満たされました。数々の天皇の和歌の浦への行幸。それは、時代の重要な局面に天皇という重い政務についたことを神に報告し、また皇統安泰を、紀伊の神に祈るための行幸と考えられています。
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by tamatusima | 2018-01-07 00:01 | 名勝和歌の浦

名勝和歌の浦

古来より名勝である和歌の浦は、抜けるような青い空の下、緑豊かな緑地帯である山並みに囲まれ、水平線上に、幾重にも連なる長峰山脈があり、手前には毛見崎、更に章魚頭姿山に囲まれた大パノラマ空間の中に、海、川、砂嘴、干潟、島が存在する。片男波の砂嘴の外側には、躍動する大海原から波が打ち寄せ、内側には玉のように美しい六つの島である玉津島が連なり、名草山の山容が水面に静かに影を落とす。干潟は潮の満ち引きにより、生命の循環を示すかのように姿を変える。空、海、波、干潟、音は、動的に躍動して景観を変え、一瞬たりとも同じではない。

文章は、和歌山県文化遺産活用活性化委員会作成の小冊子、文化財マップより引用。

後白河上皇が熊野道で最も美しい景色と言った御所の芝から見る和歌浦湾。蓮如上人が浄土を見た和歌の浦。
藤代坂からみる和歌の浦。
藤代峠山頂部に建つ蓮如上人記念碑


大きな和歌の浦干潟。遠くには藤代の山々が見えます。この水平空間が都の貴族があこがれる景色です。
章魚頭姿山から天神山、権現山、船頭山、妙見山、雲蓋山、奠供山、鏡山、妹背山の一連の山々が見えます。また片男波の砂嘴に囲まれるように、和歌の浦干潟が見えます。潮の干満により大きく景色は変わります。
名草山からの景色。今は干潮です。これが満潮になると、盛り上がるように潮が満ちます。

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by tamatusima | 2018-01-03 00:01 | 名勝和歌の浦

名勝和歌の浦 

正月の名勝和歌の浦。快晴、少し風が強い。

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玉津島神社にお参りし、くえなべを食べます。旅行のパックができました。日本遺産 絶景の宝庫 和歌の浦。
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和歌浦天満宮。多くの人で賑わいます。
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紀州東照宮。店がでています。
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by tamatusima | 2018-01-02 00:01 | 名勝和歌の浦
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名勝和歌の浦の自然・歴史・文化の情報発信


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