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名勝和歌の浦 玉津島保存会

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カテゴリ:未分類( 35 )

片男波

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片男波、海と川両方が釣り本番です。
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干潟。静かです。


by tamatusima | 2020-10-07 00:01

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by tamatusima | 2020-10-03 00:01

台風10号

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台風10号の影響で片男波海岸、波が高い。この後、風雨が強くなり、やっとのことで家に帰りました。


by tamatusima | 2020-09-08 00:01

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by tamatusima | 2020-09-05 00:01

奠供山 鏡山

玉津島神社の両側に奠供山と鏡山があります。また鏡山の前には三断橋で結ばれた妹背山があります。この妹背山から南側に大きく和歌の浦干潟は入り込み、最深部は御手洗池までいっていたのです。片男波地区も新しい住宅が建っていますが、明治までは和歌の浦干潟なのです。妹背山の北を流れる和田川は、現状の川よりもっと大きく、干潟が和歌浦口まで拡がっていました。和歌の浦干潟の縁辺部には葦が茂っていました。 現在は、私たちが見る天満宮、東照宮、玉津島神社、妹背山海禅院多宝塔などは、住宅街に点的に存在しますが、これは前方には藤代の峰々、名草山、また章魚頭姿山に囲まれた空間に、和歌の浦干潟が拡がり、片男波があり、大海原がある自然景観を背景として、人文的景観として配置されたものなのです。消えた和歌の浦干潟を背景として、営まれているのです。失われた自然景観は取り戻すことはできませんが、人工的に造られた物は、今後百年単位で見た場合、確実に消えます。名勝和歌の浦として指定された空間、国・県・市が保護保全を図る空間、この空間は確実に認識され、新たな石碑など原則的に建てることはできず、価値無き石碑なども時間により無くなり、また新たに作ろうとする人工的なものは、名勝として相応しいかどうか、国が判断し、相応しくなければ許可しないのです。
 今、妹背山の三断橋、木製の観海閣の復元が始まります。名勝和歌の浦の更なる発展です。

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by tamatusima | 2020-07-30 07:55

芭蕉の句碑

名勝和歌の浦は、和歌の神様を祀る玉津島神社と共に神となった権現さんを東照宮に祀る聖なる地です。妹背山には、徳川頼宜公の母お万の方を祀ります。その妹背山を渡る三断橋の前、芦辺屋、朝日屋があった場所に、芭蕉の句碑があります。直ぐ近くには、長い歴史を誇る玉津島神社が鎮座します。一等地なのです。
表面には、『行春を わかの浦にて 追付きたり』はせを 『笈の子分(おいのこぶん)』には、『行春に わかの浦にて 追付きたり きみ井寺』と記されている。「行春を」「行春に」の違いです。
松尾芭蕉は、貞享四年(1687)から翌年八月にかけて、伊勢・伊賀上野・大和・吉野・和歌の浦(3月末)・須磨・明石などを巡り、その時の紀行文「笈の子分」を4年後の「元禄四年(1691)春から初夏にかけて執筆、未定稿のまま門人川門乙州に預けて、宝永六年(1694)に刊行した。芭蕉は、元禄七年(1694)に大坂で死去しています。

左側面には、畠山尾張城址出自日方浦永正寺
裏面には、和歌の浦の風光を称え、芭蕉の句が永遠に輝くとの漢詩が刻まれています。漢詩を詠んだのは、宇井櫟亭麥蛾(うい てきていばくが)、建碑は、天保四年(1833)四月吉日。宇井は、漢詩に造詣が深く、「宇井」姓から見て新宮の儒学者宇井家学塾「鬱翠園」に関係のある家老水野家「和歌山詰家臣の隠居」である可能性が高いとされます。建碑されたの天保四年は、藩主の座を譲って隠居している徳川治宝公が、藩政に隠然たる力を持っていた時期です。和歌の浦の一等地に歌碑を建てることに関しては、藩政に影響のある人々が働く必要がありました。三尾先生は、俳諧・和歌・治宝隠居政権に影響を持つ人々が結びついて、この建碑が実現したと考えます。
三尾功「和歌の浦 芭蕉句碑の謎」地方史研究61 2011・9
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by tamatusima | 2020-07-10 00:01

きのこ

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和歌の浦ガイダンス施設草刈り中、マイタケ風のキノコを保井さんが発見しました。キノコは、虫が食べているもの、根っこが縦に裂けるものが食べられるとのことです。

by tamatusima | 2020-06-30 00:01

幕末の養珠寺

幕末の養珠寺の周辺の絵です(紀伊名所図絵)。津屋川が流れています。塩田が拡がります。橋は今の和歌浦漁協の横の同じ場所でしょう。対岸には登っていく道があります。小説家の津本陽先生の横の道でしょう。長い時間、同じ場所に橋があり、道があり、それが今も生きているのです。塩田には、小山があちこちにあります。敷き詰めた塩砂の上に海水をまき、それをかき混ぜながら天日にさらし、塩砂を集め、更に釜で煮詰めて結晶を得ます。釜で煮詰めるため、津屋川の西には家があり、煙がたっています。幕末には多くの人が塩田に従事していたのです。
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by tamatusima | 2020-06-20 00:01

和歌の浦名所

昔、和歌の浦の歌がありました。

和歌の浦には名所がござる、一に権現、二に玉津島(たまつしま)、三に下がり松、四に塩釜よ。ヨイヨイヨイトナ。

明治時代末
遠くに不老橋、芦辺屋が見えます。
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by tamatusima | 2020-06-05 00:01

名勝和歌の浦 

古来より名勝である和歌の浦は、抜けるような青い空の下、緑豊かな緑地帯である山並みに囲まれ、水平線上に、幾重にも連なる長峰山脈があり、手前には毛見崎、更に章魚頭姿山に囲まれた大パノラマ空間の中に、海、川、砂嘴、干潟、島が存在する。片男波の砂嘴の外側には、躍動する大海原から波が打ち寄せ、内側には玉のように美しい六つの島である玉津島が連なり、名草山の山容が水面に静かに影を落とす。干潟は潮の満ち引きにより、生命の循環を示すかのように姿を変える。空、海、波、干潟、音は、動的に躍動して景観を変え、一瞬たりとも同じではない。

文章は、和歌山県文化遺産活用活性化委員会作成の小冊子、文化財マップより引用。
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by tamatusima | 2020-06-04 00:01
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名勝和歌の浦の自然・歴史・文化の情報発信


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