名勝和歌の浦 玉津島保存会

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2018年 01月 30日 ( 1 )

名勝和歌の浦

近世には、和歌山城主となった浅野氏や徳川氏により和歌の浦は、聖地・名所として保護・整備された。紀州藩初代藩主徳川頼宣(1602~1671)は、父家康の慰霊のために東照宮を建立し、母養珠院を祀るため、妹背山多宝塔を整備した。また、江戸時代後期には、10代藩主治宝の命により、新たに造られた東照宮の御旅所へと延びる御成道に沿って、石造アーチ橋の意匠・構造を持つ石橋が架けられ、不老橋と名付けられた。また玉津島神社の北側、奠供山へ登る階段の整備を行い、山頂に拝殿を造り、春・秋の「望祀の礼」(牲(生け贄)・粢(しとぎ)を供し、山川を遠望して祭る祭り)が行われたとされる。またこの拝殿は、観海閣と同一規模とされる。

古写真は県立文書館溝端主任提供。文章は、和歌山県文化遺産活用活性化委員会作成の小冊子、文化財マップより引用。

和歌祭り

妹背山と三断橋
不老橋

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by tamatusima | 2018-01-30 00:01 | 名勝和歌の浦
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