名勝和歌の浦 玉津島保存会

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2017年 12月 13日 ( 1 )

不老橋

100年以上前の不老橋です。干潟の名残の市町川は今と違い、まだまだ幅があります。徳川治宝公により造られた不老橋の位置は、考え抜かれています。この写真からは、名草山の山頂部と不老橋のアーチが同一の輪郭に見えます。偶然の一致ではなく、計算されつくして造られています。干潟を望む位置、大きく開口する場所に造られているのです。
 妹背山多宝塔、観海閣、三断橋の整備を行った紀州藩初代藩主徳川頼宣公は、名草山、その奥に毛見崎、さらに奥に高野山から伸びる藤代の峰々をバックに、和歌の浦干潟を見るための観海閣を造ります。徳川治宝公は、妹背山、三断橋をバックに利用しながら、干潟を見る位置に御成橋、不老橋、また、尊供山に玉津島神社宮司と共に拝殿を造ります。天下の名勝和歌の浦の持つ価値を高めながら、人工的な建造物を絶妙に配置したのです。


明治40年頃(1907)の風景  藤本清二郎『和歌の浦百景』
観光客の4人が釣りをしています。子供は裸足になっています。チヌ、黒鯛を釣っています。

不老橋の修復中です。まずは汚れを落とす作業。
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この二つの石材が、不老橋創建当時のものです。あとは取り換えられています。



 



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by tamatusima | 2017-12-13 00:01 | 名勝和歌の浦
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