名勝和歌の浦 玉津島保存会

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名勝和歌の浦 

名勝和歌の浦。お陰様で、無事過ごせました。ありがとうございます。
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by tamatusima | 2017-12-31 00:01 | 名勝和歌の浦

妹背山

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妹背山観海閣とあしべ屋です。多宝塔が奇麗に見えます。江戸時代初期、初代藩主徳川頼宜により、整備されました。今も名勝和歌の浦の中核部分です。

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by tamatusima | 2017-12-30 00:01 | 名勝和歌の浦

和歌の浦航空写真

和歌の浦の航空写真です。和歌の浦学術調査報告書より。
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和歌川河口部、海・山・川一体となった景色。古来より、人々に愛された景色です。




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by tamatusima | 2017-12-29 00:01 | 名勝和歌の浦

伽羅岩 きゃらいわ

貝原益軒(かいばら えきけん)(寛永7年(1630)~正徳4年(1714))の諸国めくりに、「妹背山は、みな伽羅の文理(きめ)のことき、薄墨色の石山にて、一山多く一石なり。甚奇しき観(みもの)なり。岩の形勢あやしき事、目を驚せり。凡和歌の浦の石は、皆木理(もくり)ありて甚美也。他州にてはいまた見さる所なり。」と言ってます。
 大坂から海路で来ると、延々と続く白砂青松の風景が続きます。その最後に、吹上の浜です。18世紀後半に造られた精緻で日本で唯一の水軒堤防があり、白砂青松の風景です。そこから和歌の浦雑賀崎。一転して風景は変わります。青石の結晶片岩、その立派さに震えが来ます。和歌の浦干潟に入れば、伽羅岩があります。その一山一石の風景、人々は驚いたことでしょう。
平安時代まで紀ノ川河口部であった和歌の浦。ここから瀬戸内海、そして朝鮮半島へ。古くから多くの人々の往来があり、その神として、玉津島は尊敬を集めています。

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by tamatusima | 2017-12-28 00:01 | 名勝和歌の浦

和歌浦天満宮 戌の年

来年は戌の年。元気で過ごせますように。

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by tamatusima | 2017-12-27 00:01 | 和歌浦天満宮

一に権現 二に玉津島 三に下がり松 四に塩竈よ 

昔、和歌の浦の歌がありました。

和歌の浦には名所がござる、一に権現、二に玉津島(たまつしま)、三に下がり松、四に塩釜よ。ヨイヨイヨイトナ。

明治時代末
遠くに不老橋、芦辺屋が見えます。



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by tamatusima | 2017-12-26 00:01 | 玉津島神社・塩竈神社

西正寺 餅つき大会

12月24日 土曜日 和歌浦西正寺で餅つき大会です。初めての行事。多くの参加がありました。今年最後の行事。一年無事に終了しました。
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和歌浦ボーイ隊から餅つき道具を借ります。ありがとうございます。
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15キロの餅をつきます。2時間程度。
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誰も作れないので、北畑さんに鏡もちを作ってもらいました。
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境内に餅つきを軸として、楽しい時間が過ぎました。


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by tamatusima | 2017-12-25 00:01 | イベント

妹背山 観海閣

御三家であった紀州藩の初代藩主は、徳川頼宣(よりのぶ)公です。17歳で初代藩主となり、父家康を和歌の浦東照宮に、母お万の方を妹背山に祀ります。天下の名勝和歌の浦を自らの聖地としたのです。妹背山には、観海閣を造り、庶民に開放します。
突き抜けるように青い空のもと、遠くに見える藤代の峯々、名草山、片男波の砂嘴(さし)、干満により姿を変える和歌の浦干潟、絶妙に配置された山、海、干潟、島々、この空間は、自然が造り上げた、人智の及ばない神が造りたもう空間です。
紀伊名所図会の観海閣には、酒を飲む庶民、干潟を見る親子、武士から庶民まで、名勝和歌の浦を楽しむ人々が描かれています。季節はいつでしょうか。

紀伊名所図会 観海閣  1811

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by tamatusima | 2017-12-24 07:58 | 妹背山

紀州和歌浦雲蓋院(うんがいいん)御道絵図 嘉永4年(1851)以降

紀州和歌浦雲蓋院(うんがいいん)御道絵図 嘉永4年(1851)以降

 160年以上前の和歌浦です。片男波地区の入江は、既に埋めたてられています。片男波ちくは、畑となっています。天満宮下の御手洗池の中には、鳥居が見えます。
 現在の8の字公園にあった御旅所(おたびしょ)から移転した新御旅所が地図右側に見えます。現在は、市営住宅が潰されて空き地になっています。紀州東照宮の土地です。御旅所移転に際して、不老橋も造られました。嘉永4年(1851)の事です。この翌年、工事を命じた徳川治宝(はるとみ)公は無くなっています。新御旅所に見える石の鳥居は、現在東照宮の入り口の鳥居になっています。また、元の位置に戻す動きもあります。新御旅所、不老橋と合わせて、玉津島神社宮司による奠供山で造られた拝殿での望祀の礼が行われています。この拝殿は、観海閣と同一規模といわれます。奠供山に石垣が残っています。

  




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by tamatusima | 2017-12-23 00:01 | 名勝和歌の浦

片男波海岸

亀甲積みの石積みです。海草郡沿岸諸港見取図(明治29年~大正12年(1896~1923))によれば、和歌浦には石積み堤防が、1550間(2821m)、突堤が50間(91m)と記されています。明治19年(1886)に作られた仮製地形図「和歌浦」では、片男波の砂嘴(さし)は、今と同じ亀川まで伸びていますが、石積みは描かれていません。それ以降、明治29年までに片男波の石積みは造られました。
17世紀に造られた三断橋の石積みは、横方向に長い石を積み上げる布積の石積みです。
海草郡沿岸諸港見取図(和歌浦湾)明治29年~大正12年(1896~1923)
和歌山市博物館『和歌浦 その景とうつりかわり』2005

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片男波でサヨリが釣れています。北風が吹く時、撒き餌がきいてよく釣れるそうです。30センチ前後の大型のサヨリ。一日中釣れるそうです。
23日 土曜日 9時から和歌浦西正寺で、餅つき大会があります。誰でも参加してください。つきたてのお餅も配られます。本年最後の餅つきです。

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by tamatusima | 2017-12-22 00:01 | 片男波
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名勝和歌の浦の自然・歴史・文化の情報発信


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