名勝和歌の浦 玉津島保存会

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カテゴリ:玉津島神社・塩竈神社( 45 )

塩竈神社 古写真

「古書肆(しょし)紀国堂」和歌山市築港にある喫茶店水茶都の2階。絵ハガキ・古写真を収集する溝端佳則さんの古写真です。
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夫婦と思われる2人と学生2名。学生は青春を和歌浦で謳歌したのでしょう。


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by tamatusima | 2018-02-18 00:01 | 玉津島神社・塩竈神社

玉津島神社 天皇家和歌奉納

和歌の神様、衣通姫尊を祀る玉津島神社には、天皇・上皇の奉納和歌があります。天皇や上皇の古今伝授(勅撰和歌集である古今和歌集の解釈を、秘伝として師から弟子に伝えたもの)の後、勅使が紀州玉津島神社と摂津住吉神社に参詣して和歌を奉納したものです。玉津島神社所有の天皇奉納和歌は、
寛文四年奉納和歌短冊 後西上皇、
天和三年奉納和歌短冊 霊元天皇
 延享元年奉納和歌短冊 桜町天皇
 宝暦一○年奉納和歌短冊 桃園天皇
 明和四年奉納和歌短冊 後桜町天皇
 寛政九年奉納和歌短冊 光格天皇
 天保一三年奉納和歌短冊 仁孝天皇
 後桜町天皇奉納和歌短冊
があります。
この時期の玉津島神社を年表でみると、

1499 明応8年2月、後土御門上皇、玉津島社へ法楽歌4首詠進。           1569 永禄12年2月、里村紹巴、玉津島社へ参詣。
1606 慶長11年 11月27日、玉津島社殿遷宮。
1659 万治2年11月7日 玉津島社の本社瓦葺き遷宮。玉垣等を造営。
1660  万治3年4月 頼宣、玉津島神社歌仙殿建立、三十六歌仙絵を寄進。
紀州初代藩主徳川頼宣公が歌仙殿を建立し、三十六歌仙絵を寄進します。これが現在も残る玉津島神社所有のそれです。今回、拝殿改築に伴い、三十六歌仙絵の原寸写真を展示しています。
1664 寛文4年6月1日 後西上皇 御西院、玉津島社へ御製等50首を奉納。
この年、玉津島神社宝蔵建立。「和歌浦祭礼図屏風」成る。
第4代将軍家綱の時代です。松尾芭蕉が20歳の時です。
1665 寛文5年 頼宣、勘文(朝廷から諮問を依頼された学者などが由来・先例等の必要な情報を調査して報告(勘申)を行った文章のこと)従い、玉津島社の祭礼復興を命ずる。
1683 天保3年6月 霊元天皇、玉津島社へ御製等50首を奉納。
1668 寛文8年7月、頼宣、玉津島社へ詠歌1首を奉納。
1683 天和3年6月 仁孝天皇御製等50首を奉納。
同月、中院通躬、玉津島社へ詠歌3首を奉納。第5代将軍綱吉の時代です。綱吉37歳。前年には、八百屋お父の放火による江戸大火がありました。
1714 正徳4年8月、藩主徳川宗直、玉津島社へ霊元天皇等の「月次法楽和歌」上下2巻を奉納。拝殿と瑞垣の間の石灯籠2基は、この年号が入っているため、その関連であろうか。霊元天皇が奉納した石灯籠であろう。
1744 延享元年 桜町天皇御製等50首を奉納。 
8代将軍は、紀州藩からでた吉宗の時代。この年、のちの時代に影響を与えた石田梅岩が死去しています。
1754 宝暦10年 桃園天皇御製等50首を奉納。 
1762 明和4年2月 後桜町天皇御製等50首を奉納。 第117代女性最後の天皇です。この時、県指定美術工芸品(工芸品)神輿も、玉津島神社に近衛家から奉納されています。
1766 明和8年6月 後桜町天皇、春秋二季の玉津島社祭典復興指示。同年9月より
勅使派遣開始。玉津島社の二季祭典に初めて院使派遣(以下毎年)。
1794 寛政6年 本居宣長、和歌山に滞在し、玉津島神主弟子入り許す。
1797 寛政9年 11月 光格天皇・後桜町上皇、玉津島社へ御製等を奉納。
1832 天保3年 9月 玉津島社神主、奠供山上に拝所を建立し、「望祀の礼」を復旧。
奠供山碑(仁井田好古撰文)。奠供山上に建立。
1842 天保13年 12月 仁孝天皇、玉津島社へ御製等50首を奉納。
後世、後西・霊元・桜町・桃園・後桜町・後桃園・光格・仁孝天皇の御代においては、「法楽和歌会」と称し、玉津島の神に和歌を奉納する歌会が宮中で催された。奉納された天皇の直筆、御宸筆になる御製御短冊は、玉津島神社に保管されている。国指定名勝和歌の浦の中心である玉津島神社の持つ価値の高さは、天皇家との結びつきの深さでも判明する。和歌の神様、衣通姫尊を祀る玉津島神社。来年、国体に際し、天皇陛下が行幸されます。昭和46年、黒潮国体では、今上天皇が皇太子の時、道子妃殿下と共に不老橋の上から和歌の浦干潟を愛でられました。








『御願御成就』 『正徳四甲午歳(1716年・きのえうま年)』
霊元天皇奉納石灯籠。




16枚の菊の御門が入っています。天皇家からの奉納の石灯籠です。

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by tamatusima | 2018-02-09 00:01 | 玉津島神社・塩竈神社

玉津島神社

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明治の玉津島神社です。

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by tamatusima | 2018-02-08 00:01 | 玉津島神社・塩竈神社

塩竈神社

紀州藩初代藩主徳川頼宣公が天下の名勝和歌の浦、父家康を東照宮に、母お万の方を妹背山に祀り、徳川家の権威を天下に知らしめようとした和歌の浦。和歌の浦は、私達が住む街です。

塩竈神社、明治30年頃。木製の鳥居の奥には、瑞垣が見えます。現在より、かなり手前に見えます。

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by tamatusima | 2018-01-28 00:01 | 玉津島神社・塩竈神社

塩竈神社

明治40年頃。塩釜神社。正月です。遠くに紀三井寺が見えます。元気な和歌の女性は、明治、大正、昭和と時代と共に生きました。

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by tamatusima | 2018-01-27 00:01 | 玉津島神社・塩竈神社

塩竈神社

 明治時代の塩竈神社です。和合の松が立ってます。輿の窟(こしのいわや)に人々は祈っています。輿の窟は、玉津島神社の御旅所です。

塩竃神社がある場所は、伽羅岩と呼ばれる一枚岩で、岩と松の組み合わさった風景がきれいです。輿の窟(こしのいわや)は、自然に浸食された洞窟です。平安時代から室町時代、紀ノ川河口部にあった玉津島神社に、丹生都比売神社(にゅうつひめじんじゃ)から神輿(みこし)が来る浜降り(はまおり)神事がありました。その時、一晩奉置される聖なる地が塩竃神社です。そのため、輿の岩屋と呼ばれています。今は安産の神様です。多くの人が来られます。


 


 


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by tamatusima | 2018-01-23 00:01 | 玉津島神社・塩竈神社

玉津島神社 かるた大会

1月8日、恒例の玉津島神社 新年かるた大会が開催されました。

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by tamatusima | 2018-01-10 00:01 | 玉津島神社・塩竈神社

一に権現 二に玉津島 三に下がり松 四に塩竈よ 

昔、和歌の浦の歌がありました。

和歌の浦には名所がござる、一に権現、二に玉津島(たまつしま)、三に下がり松、四に塩釜よ。ヨイヨイヨイトナ。

明治時代末
遠くに不老橋、芦辺屋が見えます。



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by tamatusima | 2017-12-26 00:01 | 玉津島神社・塩竈神社

塩竈神社

桑山玉洲(くわやま ぎょくしゅう)178999年ごろ  輿の窟(こしのいわや)

塩竈神社が描かれています。桑山玉洲は和歌浦出身の画師で、18世紀江戸時代中ごろの人です。紀州三大画家と言われます。墓所は、和歌浦中一丁目の浄土真宗本願寺派宗善寺にあります。


23日、土曜日 西正寺で餅つきです。9時から餅つき中。誰でも気軽にご参加ください。つきたての餅も配られます。

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by tamatusima | 2017-12-16 00:01 | 玉津島神社・塩竈神社

玉津島神社 根上松

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大正13年に高松から玉津島神社に移築した根上松。今も玉津島神社で健在です。「目で見る和歌山市の100年」より


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by tamatusima | 2017-11-28 00:01 | 玉津島神社・塩竈神社
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