名勝和歌の浦 玉津島保存会

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カテゴリ:名勝和歌の浦( 171 )

名勝和歌の浦 妹背山 高津子山

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by tamatusima | 2017-08-24 00:01 | 名勝和歌の浦

暑い日々

まだまだ暑い日々が続きます。

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by tamatusima | 2017-08-22 00:01 | 名勝和歌の浦

少し涼しくなりました。

盆が過ぎて、少し涼しくなっています。日中はまだまだ暑い。

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不老橋からの和歌の浦干潟は、絶景だったことがわかります。大きく開く開口部に、不老橋は位置します。徳川治宝公の和歌の浦干潟への考え方です。三断橋も干潟を見る場所です。観海閣、干潟が一望のもとに見える場所に造られています。奠供山に建てられた楼観も、観海閣と同じ方向を見るように建てられました。茶色の電信柱、いいですね。景観に配慮した市町川県道です。
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by tamatusima | 2017-08-19 00:01 | 名勝和歌の浦

名勝和歌の浦 

朝夕に少し、涼しくなりました。盆です。
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by tamatusima | 2017-08-16 00:01 | 名勝和歌の浦

台風一過 名勝和歌の浦

台風が通過しました。暑いですが、少しだけ、涼しくなった感じです。
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平日でも多くの人が海水浴に来ています。海遊びです。
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by tamatusima | 2017-08-10 00:01 | 名勝和歌の浦

日本遺産 名勝和歌の浦 歴史まちづくり法 

平成22年8月に国の名勝に指定され、その後追加指定が行われた和歌の浦。指定範囲な、和歌の浦干潟を中心にして玉津島神社、和歌浦天満宮、紀州東照宮など広範囲です。日本遺産「絶景の宝庫 和歌の浦」は、この名勝和歌の浦の生命の循環を示す干潟を中心に、和歌の聖地玉津島神社から物語は始まります。現在進行中の和歌山市が策定中の歴史まちづくり法の準備は、名勝和歌の浦を中心としてその周辺部の環境整備などを実施します。名勝和歌の浦の景観を阻害する電線の地中化や、名勝和歌の浦や玉津島神社を中心とする日本遺産の最大の問題である駐車場・トイレ・案内所の設置などです。

すでに100回に達しようとする名勝和歌の浦クリーンアップ隊の活動は、指定地内を清掃するとの市民の活動です。また春の名勝和歌の浦 桜まつり、秋の名勝和歌の浦 観月会 竹燈夜IN妹背山なども市民が中心となった活動です。これらは、市民の盛り上がりで実施することができます。しかし、駐車場・トイレ・案内所などは、市民が中心となって実施することができません。行政の責任で実施すること、できることです。日本遺産「絶景の宝庫 和歌の浦」物語の始まり、和歌の浦干潟、和歌の聖地玉津島神社の近くに、これらを作り、訪問する市民に提供する必要があります。行政の責任です。これからの10年、県史跡水軒堤防、水軒公園の誕生も含めて楽しみです。

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by tamatusima | 2017-07-30 00:01 | 名勝和歌の浦

名勝和歌の浦 和歌の浦干潟

夏の晴れた暑い日、干潟は干潮です。直ぐに満潮になります。一日一日、変わりなく変化します。昔から変わらず、続いている日常です。

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by tamatusima | 2017-07-29 00:01 | 名勝和歌の浦

名勝和歌の浦 夏

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2017年7月19,20日 夏の名勝和歌の浦

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by tamatusima | 2017-07-21 00:01 | 名勝和歌の浦

日本遺産 絶景の宝庫 和歌の浦4

4.和歌の浦十景にみる、うたわれ絵になる絶景
和歌浦十景は、干潟と玉津島を中心として、様々な方向からうたわれ絵になってきた和歌の浦の風景の広がりを教えてくれる。南の藤白坂を登れば、北には万葉集にうたわれた黒牛潟、和歌の浦、雑賀崎から、はるか淡路島・四国まで変化に富んだ絶景が広がる。万葉の時代にここで処刑された悲劇の皇子・有間皇子が最後に見たのは、紅葉に彩られた峠越しの和歌の浦の海であった。そして熊野参詣の貴族たちが、都から山道が続く紀伊路で初めて海を望める所として、和歌の浦をながめながら歌会や舞楽を催もよおした。干潟の東、夕陽をあびて満潮の水面に映える名草山の中腹には、西国三十三所巡礼の第二番札所・紀三井寺がある。かつて俳聖・松尾芭蕉は過ぎゆく春の名残りを求めて和歌の浦を訪れた。春、この境内には桜が咲き誇り、西をながめれば春霞の干潟に玉津島の岩山が並ぶ。和歌の浦一円の鎮守であり、文芸の神をまつる和歌浦天満宮が鎮座する天神山は、和歌の浦の北西、入り江の最も奥にそびえている。色彩豊かな社越しに入り江を見下ろせば、緑濃い松林と石橋の間に釣り舟が見えかくれし、風景の一部のような人々の営みが目に映る。和歌にうたわれ、和歌の文化を育み、芸術の源泉となった和歌の浦。この地は、うたわれ絵になる絶景の宝庫として人々を魅了し続けている。

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by tamatusima | 2017-07-14 00:01 | 名勝和歌の浦

日本遺産 絶景の宝庫 和歌の浦3

3.天下人や藩主もほれこんだ、和歌の浦の絶景
中世末、豊臣秀吉は、紀州攻めの際に古来の景勝・和歌の浦を遊覧し、その名にちなんで北方の岡山に建てた城を和歌山城とし、その城下が和歌山とよばれるようになった。こうして「和歌」の名は、現在の県名にまで引きつがれ、和歌山の誇りとなっている。400 年前の江戸時代、徳川家康の十男頼宣が和歌山へ入国すると、和歌の浦の北西にそびえる権現山に父家康をまつる東照宮を、干潟に浮かぶ妹背山に母お万の方をしのぶ多宝塔を建てた。そして妹背山に三断橋をかけて観海閣を設け、干潟の移ろいを楽しむ場として民衆に開放した。また東の対岸、紀三井寺からの渡し舟で、西国巡礼の旅人を和歌の浦へと誘なった。頼宣が始めた紀州東照宮の例大祭・和歌祭では、和歌の浦を背景に渡御(とぎょ)行列が練り歩あるき、民衆も楽しんだ。名所に民衆が自由に集い楽しむ場が設けられたのは、和歌の浦が始まりである。また和歌の浦の景勝をいかして、優れた庭園が造られた。紀州藩主随一の文化人・10 代藩主徳川治宝が、西の高津子山を借景として造園した養翠園は、江戸の浜離宮と同じく珍しい潮入りの大名庭園である。園内には茶室を設け、和歌の浦をかたどった菓子や茶器もつくられた。南東の琴ノ浦では、近代になって温山荘庭園が築かれた。和歌の浦を見下ろす船尾山を借景とした池泉回遊式の庭園には、皇族や大臣も訪れ、関西を代表する名園となっている。
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by tamatusima | 2017-07-12 00:01 | 名勝和歌の浦