名勝和歌の浦 玉津島保存会

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カテゴリ:名勝和歌の浦( 154 )

和歌公園 

奠供山、鏡山、妹背山に登るための階段が作られています。何時の時期に作られたものでしょうか。

江戸時代、玉津島神社には、歴代天皇が和歌の奉納を行っています。天保3年、今から180年以上前、御旅所を移し、不老橋を造った徳川治宝と共に玉津島神社宮司が「望祀の礼」復活のため、奠供山に拝所を復元し、奠供山碑を建立しています。この時の拝所は、観海閣と同一規模といわれます。この時、階段が整備されたと思われます。また明治28年、和歌公園が設置されています。大正11年、昭和天皇が皇太子の時、妹背山~奠供山に登っており、この時にも整備が行われています。昭和8年5月には、和歌公園の内、玉津島社付近の山一帯に花崗岩の石が設置されています。鏡山、妹背山、奠供山の横道などが花崗岩ですが、この時の設置なのでしょう。この頃、森田庄兵衛が開発した新和歌の浦には、「年々百万以上の遊覧客を吸収している新和歌浦」といわれます。観光客が名勝和歌の浦を愛でるために訪れ、そのための道が設置されたのです。

1832 天保3年 9月、玉津島社神主、奠供山上に拝所を建立し、「望祀の礼」を復旧。奠供山碑(仁井田好古撰文。奠供山上に建立。)
1895 明治28年 12月、和歌山県、奠供山や芦辺潮溜等の官有地34町歩を充用し、県立和歌公園設置。秋葉山地域を除き、また民有地・寺社地を含まない官林・海岸地・干潟を主とする。
1910 明治43年10月 旅館望海楼の庭園、奠供山に高さ30mの昇降機(エレベータ明光台)を設置、開業。東洋一と称されたエレベーター。
1922 大正11年 10月、東宮(昭和天皇)来県に先立ち、県史跡名勝保存会が写真帳を献上。奠供山山頂整備。
     12月2日 奠供山登頂、御手洗池畔で開かれた和歌祭り、時代行列をご覧になる。
1930 昭和5年3月頃、文部省の指示で南葵育英会が指定区域を調査(但し、官報告示なし)。
        9月 和歌浦町が中心となって、玉津島神社・大相院を結ぶ陸橋取り付け。
1931 昭和7年  この頃、「年々百万以上の遊覧客を吸収している新和歌浦」と言われる。
1933 昭和8年5月、和歌公園の内、玉津島社付近の山一帯に花崗岩の石設置。
       9月、和歌公園の整備を計画。この時、奠供山―雲蓋院に大陸橋架橋。

『和歌の浦学術調査報告書』県教委より。











鏡山の花崗岩の階段。全ては和歌の浦干潟を見るために造られています。




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by tamatusima | 2015-07-25 00:01 | 名勝和歌の浦

朝の和歌浦口バス停から

和歌浦口バス停からの風景です。これから旅への出発です。何時もこの風景を見てから旅立ちです。

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by tamatusima | 2015-07-09 12:08 | 名勝和歌の浦

和歌浦湾から見た名勝和歌の浦

雑賀崎灯台です。高津子山の先端部です。

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灯台から見る和歌浦湾の景色は、抜群です。一度行ってください。







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by tamatusima | 2015-06-08 00:01 | 名勝和歌の浦

和歌浦湾からみた和歌の浦

宮本さん所有のヨットで和歌浦湾を周遊しました。
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玉津島山です。紀ノ川河口部であった頃、この風景を見ながら多くの人が和歌浦に来ました。



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by tamatusima | 2015-06-07 00:01 | 名勝和歌の浦