名勝和歌の浦 玉津島保存会

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カテゴリ:名勝和歌の浦( 154 )

名勝和歌の浦 夏

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2017年7月19,20日 夏の名勝和歌の浦

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by tamatusima | 2017-07-21 00:01 | 名勝和歌の浦

日本遺産 絶景の宝庫 和歌の浦4

4.和歌の浦十景にみる、うたわれ絵になる絶景
和歌浦十景は、干潟と玉津島を中心として、様々な方向からうたわれ絵になってきた和歌の浦の風景の広がりを教えてくれる。南の藤白坂を登れば、北には万葉集にうたわれた黒牛潟、和歌の浦、雑賀崎から、はるか淡路島・四国まで変化に富んだ絶景が広がる。万葉の時代にここで処刑された悲劇の皇子・有間皇子が最後に見たのは、紅葉に彩られた峠越しの和歌の浦の海であった。そして熊野参詣の貴族たちが、都から山道が続く紀伊路で初めて海を望める所として、和歌の浦をながめながら歌会や舞楽を催もよおした。干潟の東、夕陽をあびて満潮の水面に映える名草山の中腹には、西国三十三所巡礼の第二番札所・紀三井寺がある。かつて俳聖・松尾芭蕉は過ぎゆく春の名残りを求めて和歌の浦を訪れた。春、この境内には桜が咲き誇り、西をながめれば春霞の干潟に玉津島の岩山が並ぶ。和歌の浦一円の鎮守であり、文芸の神をまつる和歌浦天満宮が鎮座する天神山は、和歌の浦の北西、入り江の最も奥にそびえている。色彩豊かな社越しに入り江を見下ろせば、緑濃い松林と石橋の間に釣り舟が見えかくれし、風景の一部のような人々の営みが目に映る。和歌にうたわれ、和歌の文化を育み、芸術の源泉となった和歌の浦。この地は、うたわれ絵になる絶景の宝庫として人々を魅了し続けている。

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by tamatusima | 2017-07-14 00:01 | 名勝和歌の浦

日本遺産 絶景の宝庫 和歌の浦3

3.天下人や藩主もほれこんだ、和歌の浦の絶景
中世末、豊臣秀吉は、紀州攻めの際に古来の景勝・和歌の浦を遊覧し、その名にちなんで北方の岡山に建てた城を和歌山城とし、その城下が和歌山とよばれるようになった。こうして「和歌」の名は、現在の県名にまで引きつがれ、和歌山の誇りとなっている。400 年前の江戸時代、徳川家康の十男頼宣が和歌山へ入国すると、和歌の浦の北西にそびえる権現山に父家康をまつる東照宮を、干潟に浮かぶ妹背山に母お万の方をしのぶ多宝塔を建てた。そして妹背山に三断橋をかけて観海閣を設け、干潟の移ろいを楽しむ場として民衆に開放した。また東の対岸、紀三井寺からの渡し舟で、西国巡礼の旅人を和歌の浦へと誘なった。頼宣が始めた紀州東照宮の例大祭・和歌祭では、和歌の浦を背景に渡御(とぎょ)行列が練り歩あるき、民衆も楽しんだ。名所に民衆が自由に集い楽しむ場が設けられたのは、和歌の浦が始まりである。また和歌の浦の景勝をいかして、優れた庭園が造られた。紀州藩主随一の文化人・10 代藩主徳川治宝が、西の高津子山を借景として造園した養翠園は、江戸の浜離宮と同じく珍しい潮入りの大名庭園である。園内には茶室を設け、和歌の浦をかたどった菓子や茶器もつくられた。南東の琴ノ浦では、近代になって温山荘庭園が築かれた。和歌の浦を見下ろす船尾山を借景とした池泉回遊式の庭園には、皇族や大臣も訪れ、関西を代表する名園となっている。
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by tamatusima | 2017-07-12 00:01 | 名勝和歌の浦

日本遺産 絶景の宝庫 和歌の浦2

2.和歌の聖地 和歌の浦の誕生
1300 年前の奈良時代、聖武天皇は、即位の年という特別な機会に、当時「若の浦」と記されたこの地を訪れた。遠くに名草山を望み、目の前で刻々と変化する干潟の広がりと、そのなかで沖に向かって連なる玉津島山のながめに感動し、この地の神・明光浦霊に祈りをささげ、そしてこの景色を末永く守るよう命じた。歌聖・山辺赤人の「若の浦に 潮満ちくれば潟を無み 葦辺を指して鶴鳴き渡る」(若の浦に潮が満ちて干潟が見えなくなり、干潟にいた鶴が一斉に飛び立ち、葦のはえる岸辺へ鳴きながら飛んでいく)という、躍動感あふれる情景を見事に描きだした歌が、その時の天皇の感動を表している。この歌が平安時代、紀貫之により和歌の聖典といわれる『古今和歌集』で改めて取り上げられたことが、「若の浦」が和歌の聖地となる第一歩であった。「若」の浦が転じて「和歌」の浦となり、美しさが衣を通して輝いたという和歌の名人・衣通姫・そとおりひめが和歌の神として玉津島にまつられ、和歌の聖地として崇められたのである。古代から中世にかけて、時の関白・大臣までもが、熊野参詣や西国巡礼の道すがら、名高い和歌の浦を観光し、また和歌や物語など様々な文芸作品に取りあげていった。この和歌の浦に象徴された和歌の世界は、玉津島の神をまつり、六義園のような和歌の浦を模した庭園を造ることで、京や江戸にも広がっていった。文化人たちは和歌の浦にあこがれ続けてきたのである。




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すべての原点は、紀ノ川河口部であった和歌の浦の土地そのものです。交通の要衝である紀ノ川の河口部。その場所が美しい、神聖な場所と聖武天皇が訪れる以前から人々に認識されていた。その聖なる場所が玉津島神社なのです。また、全国で唯一の和歌の聖地としても有名なのです。ここがすべての原点なのです。名勝和歌の浦の中核、日本遺産「絶景の宝庫 和歌の浦」の核、物語の始まりは、玉津島神社から始まります。


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by tamatusima | 2017-07-11 00:01 | 名勝和歌の浦

日本遺産 絶景の宝庫 和歌の浦

日本遺産 絶景の宝庫 和歌の浦のストーリーが和歌山市から広報されてます。

1.芸術を育んだ絶景 和歌の浦
和歌の浦は、和歌川の河口に広がる干潟を中心に、南は熊野古道の藤白坂から、西は紀伊水道に面する雑賀崎までの、和歌浦湾を取り巻く景勝の地である。万葉の時代にこの思わず持ち帰りたいほどの情景が和歌にうたわれ、和歌の神がまつられ、唯一無二の和歌の聖地となった。その情景が和歌と絵画に融合した和歌の浦十景は、潮が満ち干潟から鳥が飛び立つ様、春霞がすみの干潟越しにみる寺社を抱く山並み、紅葉の峠越しに見下すおだやかな入り江など、うたわれ絵になってきた絶景を、今も訪れる人々に教えてくれる。自然と文化が調和した和歌の浦の絶景は、日本人の精神文化の源ともいえる和歌に始まり、いつの時代も人々を魅了し、様々な芸術を育はぐくんできた。
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by tamatusima | 2017-07-10 00:01 | 名勝和歌の浦

名勝和歌の浦の価値 和歌の浦の美しさ

和歌の浦の美しさは、どこにあるのだろうか。名勝指定は、自然的な名勝であるとともに人文的な名勝として、和歌の浦は評価された。

保存管理計画書では、

平成22年8月5日付で国名勝に指定された和歌の浦の指定基準は「二橋梁」「八砂嘴、海浜、島嶼」「十一展望地点」とされている。
指定基準八は、自然の営みによって時を重ねながら類い希なる風致景観として結実した、砂嘴、海浜・干潟、島嶼(玉津島)などからなる自然的要素である。海岸線に沿って地域特有の地質構造からなる特徴的な島・丘陵等の地形が表出し、海岸平野部では沿岸流や河川の堆積作用等によって形成された砂嘴等の海岸景観が展開する。希有ともいえる自然の造形作用によって、和歌の浦という地が古来多くの人々に愛でられた。特に干潟は、潮の満ち引きによって変化に富んだ風趣を呈するとともに、多様な生物の生息場所となり、それらが水の浄化にも寄与するなど、自然と環境のサイクルを学び体験する場となっている。

指定基準二は、橋梁をはじめとする多宝塔等の和歌の浦の自然との長い人々との関わりを示す建築物・工作物群であり、自然的要素を引き立てる点景ともなる人文的要素である。中でも玉津島神社は、聖武天皇、称德天皇、桓武天皇が相次いで訪れるなど、当時の和歌の浦の
中核であり、往古からの地域固有の信仰の場として、存在そのものが風土や歴史性を表徴している。和歌の神(玉津島神社)、和歌の聖地(和歌の浦)という独自の地域性がここにはある。

指定基準十一は、これら要素群を眼下または眼前にして、周囲の緑の山並みに囲まれた海や平野をはるかに見晴るかす「場」である。これら自然的要素と人文的要素が双方備わり、密接不可分に相調和して和歌の浦という、芸術上・観賞上価値の高い風致景観をつくりだしている。その名勝・名所を観賞する場(展望地点)では、万葉の昔から王朝・貴族をはじめとして、文人墨客から広く庶民にいたるまで、展望景観を堪能しており、今日的言葉でいえばいわゆる活用拠点ともいえる。

また、地域の人々との関わりの点でみると、そこはいにしえから海の幸を得る生産の場であり、生活の場でもあった。入江の干潟では近年まで海苔の養殖が行われ、和歌海苔として広く知られるとともに、海苔採取の風景は長らく和歌の浦の冬の風物詩となっていた。今日は干潟では潮干狩りで歓声をあげる老若男女の姿を見ることも出来る。さらに和歌の浦(地域及び周辺)に住まいする人々にとっては、生活生産の場であるとともに、共有財産として日常的に風致景観を享受する場でもある。その保護については、聖武天皇以来の歴史があるが、近代以降の観光開発や住宅開発に対しては、自然及び歴史的環境保全のために和歌山県が和歌公園として指定し、管理・運営するとともに、周辺域を含めて風致地区等の指定がなされたことで、主要な骨格となる景観は維持され、保全されている。一方で、文化財保護法による保護措置が執られなかったこともあって、戦後の公共的土木事業と開発行為によって損なわれた部分もある。しかし、近年は、和歌の浦の歴史的景観の保全活動やこれを活かした文化活動並びにまちづくりの活動に多くのNPO団体らが取り組む状況が見られるようになっている。
このように和歌の浦の長い「保護の歴史」も和歌の浦の大きな特徴・価値の一つである。「保護の歴史」の継承という点からも、文化財としての和歌の浦の保護に向けて地域住民と行政、関連機関等が一体となって取り組む体制が望まれている。

これら和歌の浦の特徴・価値をまとめると以下のようになる。
○自然の営みによって形成された自然的要素(砂嘴、海浜・干潟、島嶼(玉津島)など)と、風土と歴史性を反映した人文的要素(和歌の聖地、海の霊所・名所としての建造物群)が相調和し、和歌の浦という地域固有の風致景観を有する地であること。
○海の名所、聖地、霊所としてのみならず、生活の場としても地域の人々によって保護されてきたことで、和歌の浦の骨格としての風致景観が継承、維持されてきた地であること。

また、これらから導き出される名勝和歌の浦の保存管理の目標を以下のように設定する。
1.名勝和歌の浦の骨格を守る
○ 万葉のいにしえから今日に伝わる砂嘴、海浜・干潟、島嶼(玉津島)を厳正に保存する
○ 名勝和歌の浦の特徴的な風致景観であった白砂青松の再生に取り組む

2.名勝和歌の浦の骨格を彩る歴史的人文要素を際立たせる
○ 近世期以降に風致景観に調和し、引き立たせるように造られた建造物を守り、顕在化する
○ 歴史的に和歌の浦の中核として存在してきた玉津島神社等社寺境内地かいの景観を保全する
3.和歌の浦からの展望、和歌の浦への展望景観を守る

住吉如慶「紀州若浦之図」1645 近世に行われる開発以前の絵図。中世以前の和歌の浦の原型が描かれている。和歌の浦干潟は、和歌浦天満宮の下まで、また妹背山から東側には干潟が伸びている。観海閣から見る干潟は、左右に大きく広がりを見せていたのである。この空間の中で見る干潟の干満風景は、神がなす自然の力であったろう。この風景そのものが和歌の浦の景観美なのである。
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by tamatusima | 2017-07-08 00:01 | 名勝和歌の浦

名勝和歌の浦 梅雨と台風

梅雨の季節。台風まで来ました。

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by tamatusima | 2017-07-06 00:01 | 名勝和歌の浦

ナルトサワギク 名勝和歌の浦

ナルトサワギクが自然環境を破壊するほど、大量に広範囲に咲いています。大変です。名勝和歌の浦指定地、和歌浦地区にナルトサワギクは一切存在しません。名勝和歌の浦クリーンアップ隊により定期的に片男波海岸に咲くナルトサワギクは、駆除しています。また、個人でも気が付けば抜いています。散歩の最中でも、抜く人がいます。水軒堤防も同様です。一切生えていません。意識して抜くことです。この意識があるないで、これだけ違うのです。人ひとり、なかなかです。
一度、和歌浦地区、水軒堤防、意識してみてください。名勝和歌の浦 玉津島保存会が主催した文化財担当者と学ぶ名勝和歌の浦で、県立自然博物館の内藤さんに教えていただきました。

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自然博物館の内藤学芸員の「名勝和歌の浦の植生と植物」で勉強してください。
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玉津島神社と松木書店、その他多くの書店で販売中です。1000円です。安くボリュームたっぷり。一家に一冊です。


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片男波海岸。一本のナルトサワギクも生えていません。万葉からの植物ばかりです。


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by tamatusima | 2017-07-02 00:01 | 名勝和歌の浦

市町川 玉津島神社と和歌浦天満宮、紀州東照宮を結ぶ動線

玉津島神社と和歌浦天満宮、紀州東照宮を結ぶ市町川県道。この道により、名勝和歌の浦は結ばれています。その奠供山の下の店が奇麗に整備されています。洒落た喫茶店、食事をする場所等とのことです。市町川県道が曲がっている場所であり、危険なところでしたが、視界を遮断するうばめが切られて、よく見えるようになってます。また周辺部のうばめも奇麗にされています。この部分が活性化すれば、市町川県道がさらに奇麗に、人が集まる場所ともなります。状況は好転しています。


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by tamatusima | 2017-06-28 00:01 | 名勝和歌の浦

アートキューブ 和歌浦

名勝和歌の浦クリーンアップ 片男波海岸にアートキューブ職員の方が2名来られました。ブログに中止の報を出さず、各方面に迷惑を掛けました。すみませんでした。

アートキューブHP  http://wakanouraartcube.web.fc2.com/index.html

本日、9時30分から片男波海岸の清掃を行います。車で来られる方は、ボランティアと入り口で言ってください。直ぐに海開きです。よろしくお願い致します。

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by tamatusima | 2017-06-26 00:01 | 名勝和歌の浦