名勝和歌の浦 玉津島保存会

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2017年 07月 11日 ( 1 )

日本遺産 絶景の宝庫 和歌の浦2

2.和歌の聖地 和歌の浦の誕生
1300 年前の奈良時代、聖武天皇は、即位の年という特別な機会に、当時「若の浦」と記されたこの地を訪れた。遠くに名草山を望み、目の前で刻々と変化する干潟の広がりと、そのなかで沖に向かって連なる玉津島山のながめに感動し、この地の神・明光浦霊に祈りをささげ、そしてこの景色を末永く守るよう命じた。歌聖・山辺赤人の「若の浦に 潮満ちくれば潟を無み 葦辺を指して鶴鳴き渡る」(若の浦に潮が満ちて干潟が見えなくなり、干潟にいた鶴が一斉に飛び立ち、葦のはえる岸辺へ鳴きながら飛んでいく)という、躍動感あふれる情景を見事に描きだした歌が、その時の天皇の感動を表している。この歌が平安時代、紀貫之により和歌の聖典といわれる『古今和歌集』で改めて取り上げられたことが、「若の浦」が和歌の聖地となる第一歩であった。「若」の浦が転じて「和歌」の浦となり、美しさが衣を通して輝いたという和歌の名人・衣通姫・そとおりひめが和歌の神として玉津島にまつられ、和歌の聖地として崇められたのである。古代から中世にかけて、時の関白・大臣までもが、熊野参詣や西国巡礼の道すがら、名高い和歌の浦を観光し、また和歌や物語など様々な文芸作品に取りあげていった。この和歌の浦に象徴された和歌の世界は、玉津島の神をまつり、六義園のような和歌の浦を模した庭園を造ることで、京や江戸にも広がっていった。文化人たちは和歌の浦にあこがれ続けてきたのである。




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すべての原点は、紀ノ川河口部であった和歌の浦の土地そのものです。交通の要衝である紀ノ川の河口部。その場所が美しい、神聖な場所と聖武天皇が訪れる以前から人々に認識されていた。その聖なる場所が玉津島神社なのです。また、全国で唯一の和歌の聖地としても有名なのです。ここがすべての原点なのです。名勝和歌の浦の中核、日本遺産「絶景の宝庫 和歌の浦」の核、物語の始まりは、玉津島神社から始まります。


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by tamatusima | 2017-07-11 00:01 | 名勝和歌の浦
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