名勝和歌の浦 玉津島保存会

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名勝和歌の浦の価値 和歌の浦の美しさ

和歌の浦の美しさは、どこにあるのだろうか。名勝指定は、自然的な名勝であるとともに人文的な名勝として、和歌の浦は評価された。

保存管理計画書では、

平成22年8月5日付で国名勝に指定された和歌の浦の指定基準は「二橋梁」「八砂嘴、海浜、島嶼」「十一展望地点」とされている。
指定基準八は、自然の営みによって時を重ねながら類い希なる風致景観として結実した、砂嘴、海浜・干潟、島嶼(玉津島)などからなる自然的要素である。海岸線に沿って地域特有の地質構造からなる特徴的な島・丘陵等の地形が表出し、海岸平野部では沿岸流や河川の堆積作用等によって形成された砂嘴等の海岸景観が展開する。希有ともいえる自然の造形作用によって、和歌の浦という地が古来多くの人々に愛でられた。特に干潟は、潮の満ち引きによって変化に富んだ風趣を呈するとともに、多様な生物の生息場所となり、それらが水の浄化にも寄与するなど、自然と環境のサイクルを学び体験する場となっている。

指定基準二は、橋梁をはじめとする多宝塔等の和歌の浦の自然との長い人々との関わりを示す建築物・工作物群であり、自然的要素を引き立てる点景ともなる人文的要素である。中でも玉津島神社は、聖武天皇、称德天皇、桓武天皇が相次いで訪れるなど、当時の和歌の浦の
中核であり、往古からの地域固有の信仰の場として、存在そのものが風土や歴史性を表徴している。和歌の神(玉津島神社)、和歌の聖地(和歌の浦)という独自の地域性がここにはある。

指定基準十一は、これら要素群を眼下または眼前にして、周囲の緑の山並みに囲まれた海や平野をはるかに見晴るかす「場」である。これら自然的要素と人文的要素が双方備わり、密接不可分に相調和して和歌の浦という、芸術上・観賞上価値の高い風致景観をつくりだしている。その名勝・名所を観賞する場(展望地点)では、万葉の昔から王朝・貴族をはじめとして、文人墨客から広く庶民にいたるまで、展望景観を堪能しており、今日的言葉でいえばいわゆる活用拠点ともいえる。

また、地域の人々との関わりの点でみると、そこはいにしえから海の幸を得る生産の場であり、生活の場でもあった。入江の干潟では近年まで海苔の養殖が行われ、和歌海苔として広く知られるとともに、海苔採取の風景は長らく和歌の浦の冬の風物詩となっていた。今日は干潟では潮干狩りで歓声をあげる老若男女の姿を見ることも出来る。さらに和歌の浦(地域及び周辺)に住まいする人々にとっては、生活生産の場であるとともに、共有財産として日常的に風致景観を享受する場でもある。その保護については、聖武天皇以来の歴史があるが、近代以降の観光開発や住宅開発に対しては、自然及び歴史的環境保全のために和歌山県が和歌公園として指定し、管理・運営するとともに、周辺域を含めて風致地区等の指定がなされたことで、主要な骨格となる景観は維持され、保全されている。一方で、文化財保護法による保護措置が執られなかったこともあって、戦後の公共的土木事業と開発行為によって損なわれた部分もある。しかし、近年は、和歌の浦の歴史的景観の保全活動やこれを活かした文化活動並びにまちづくりの活動に多くのNPO団体らが取り組む状況が見られるようになっている。
このように和歌の浦の長い「保護の歴史」も和歌の浦の大きな特徴・価値の一つである。「保護の歴史」の継承という点からも、文化財としての和歌の浦の保護に向けて地域住民と行政、関連機関等が一体となって取り組む体制が望まれている。

これら和歌の浦の特徴・価値をまとめると以下のようになる。
○自然の営みによって形成された自然的要素(砂嘴、海浜・干潟、島嶼(玉津島)など)と、風土と歴史性を反映した人文的要素(和歌の聖地、海の霊所・名所としての建造物群)が相調和し、和歌の浦という地域固有の風致景観を有する地であること。
○海の名所、聖地、霊所としてのみならず、生活の場としても地域の人々によって保護されてきたことで、和歌の浦の骨格としての風致景観が継承、維持されてきた地であること。

また、これらから導き出される名勝和歌の浦の保存管理の目標を以下のように設定する。
1.名勝和歌の浦の骨格を守る
○ 万葉のいにしえから今日に伝わる砂嘴、海浜・干潟、島嶼(玉津島)を厳正に保存する
○ 名勝和歌の浦の特徴的な風致景観であった白砂青松の再生に取り組む

2.名勝和歌の浦の骨格を彩る歴史的人文要素を際立たせる
○ 近世期以降に風致景観に調和し、引き立たせるように造られた建造物を守り、顕在化する
○ 歴史的に和歌の浦の中核として存在してきた玉津島神社等社寺境内地かいの景観を保全する
3.和歌の浦からの展望、和歌の浦への展望景観を守る

住吉如慶「紀州若浦之図」1645 近世に行われる開発以前の絵図。中世以前の和歌の浦の原型が描かれている。和歌の浦干潟は、和歌浦天満宮の下まで、また妹背山から東側には干潟が伸びている。観海閣から見る干潟は、左右に大きく広がりを見せていたのである。この空間の中で見る干潟の干満風景は、神がなす自然の力であったろう。この風景そのものが和歌の浦の景観美なのである。
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by tamatusima | 2017-07-08 00:01 | 名勝和歌の浦
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名勝和歌の浦の自然・歴史・文化の情報発信


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